Guest Profile
橋本 武比古(はしもと・たけひこ)
71年実父が創業したスリーエム商事株式会社(現株式会社スリーエム)に入社。紳士服の店長を経て、製造部門の責任者となる。94年、代表取締役に就任。アパレルを小売から百貨店卸に切り替えていく。過当競争に入った紳士服チェーン店からの脱却を図り、多角化を模索。98年、ディスカウントチケットスーパーをオープン。99年紳士服店を利用してメガネ本舗1号店である藤井寺店をオープン。以降、人材を育成しつつ関西、四国、中国地方を中心に多店舗展開を図り、13年5月末現在のメガネ本舗店舗数は45を数える。
特集紳士服量販チェーンからメガネチェーンへ大転換。先代譲りのSPAで、心のこもった接客とどこよりもやすく安心を実現
1.社長就任のそのとき会社は創業以来初の赤字に転落
2.紳士服からの撤退を決意社員250名の生活をどうやって守るのか
3.“眼鏡一式半額!”土日で400万円売るメガネ屋の誕生
4.眼鏡の販売は感動を与える仕事人が育たねば閉店も
5.50店以上には広げない店を増やすことよりよりよくしたい
6.接客を通じてより良いメガネをより安く提供する
1.社長就任のそのとき会社は創業以来初の赤字に転落
1980年代、関西を中心に西日本に147店舗を数えた紳士服の量販店チェーン、株式会社スリーエム。
「人のお金を預かって商売をするのは嫌や」と、株式上場を拒んだのは創業者の先代社長だった。バブルが弾けた90年代前半、売上げは落ちるわ、投資した店舗の土地の価値は下がるわ、安売り量販店の競合はひしめき値段の叩き合いになるわ、
「すまんなぁ、借金を残しておまえに渡さなあかんねん」
94年、父である先代が息子の橋本武比古に社長の椅子を譲ったとき、会社は創業以来初の赤字に陥っていた。
非上場のスリーエムと他の量販店との体力の差は歴然としている。橋本は語る。
「人口は2億数千万人のアメリカでは、年間2000万着のスーツが売れるが、アメリカの約半分の人口の日本では、1800万着もスーツが出ている。これは明らかにスーツの着すぎや。カジュアル化という言葉が出はじめた頃で、これからはますます過当競争に拍車がかかる。団塊の世代がスーツを卒業する。紳士服はあかんでと思ったんです」
2.紳士服からの撤退を決意社員250名の生活をどうやって守るのか
橋本は会社の舵取りを任されてすぐに、紳士服小売店からの撤退を決意する。在庫は閉店セールでさばき、全国を回って同業他社に引き取ってもらったりして処分した。
さて、何をやるか。250名ほどいる社員を食わしていかなければならない。中国の伝手を頼って電動自転車の開発、古本屋、レンタルビデオショップ、いろいろ手を出したがどれもダメ。紳士服の外商先の業者が民事再生法を申請し、売掛金が億の単位で未回収になったときはさすがにめげた。副社長の村田に、
「いっそうちも、民事再生法を申請しようか」
橋本はため息をつくように言ったものだ。
「しんどいのはわかるけど、そんなこと言うたらあかん。お父ちゃんから継いだもんを社長が潰すんか! あきらめたらあかん!」
村田の強い口調に橋本は励まされた。
借金と売上げのバランスが悪いため、ディスカウントチケットショップを開始し、売上げバランスを図った。
閉店した紳士服店は契約が残っていて、解約することができない。店はロードサイドの角地が多く、立地には恵まれている。又貸しのためテナント募集をかけると、集まってきたのが判で押したようにメガネの会社だった。
3.“眼鏡一式半額!”土日で400万円売るメガネ屋の誕生
なんでメガネ屋ばかり……。テナントとして入った大手メガネチェーンの店長に話を聞くと、店長はまだ入社2年目だという。
「2年で店長って、メガネ屋はそんな簡単にできるのか……」
橋本もメガネをしているが、デパートの眼鏡売り場では検眼する人が白衣を着ていて、有資格者のように思っていたが検眼に資格は要らないことを知る。
なんだ、騙されてたんやないか。各大手メガネチェーンの決算書を精査すると、経常利益率が10%とある。小売業で経常利益率が10%とはものすごい暴利だ。当時、フレームとレンズ一式で、全国の平均単価は3万6000円ほどだったが原価を調べると1万円程度。大手チェーン店の粗利は、75%ぐらいになるはずだと橋本は踏んだ。マーケットとしては6000億円で、紳士服と違い粗利が高く競合店が少ない。さらに、
「紳士服店は7、8、9月が暇ですが、メガネにはシーズンがない。スーツは男性だけですが、眼鏡は女性客も来店します。メガネ店のチェーン展開は魅力的だと感じましたね」
内装と在庫確保に合わせて1店舗当たり3000万円の投資だった。藤井寺の閉店した紳士服店にメガネ本舗の看板を挙げたのは1999年。広さは通常の眼鏡店の3倍の60坪、品ぞろえも3倍の2000本、ラルフローレン等のブランド品も含め、眼鏡一式半額!をアピールした。
「『こんなに売れたんですか…』と、メーカーさんにビックリされた。土日の売上げは400万円でした」
もともと眼鏡の粗利は大きい。半額にしても40%以上の粗利があったという。次の奈良店では、並行輸入したナショナルブランド中心の品ぞろえにして半額を謳うと、土日は600万円の売上げを達成した。
4.眼鏡の販売は感動を与える仕事人が育たねば閉店も
橋本は当初からオリジナルブランドのSPA(製造小売)を考えていた。創業者は紳士服で早くからSPAを採用し、いち早く価格破壊を実現した実績がある。スーツは完成まで280工程だが眼鏡は150工程だ。中国で製造し国内で販売する、SPAは十分に可能だ。だがSPAには交換・返品ができないという欠点がある。品ぞろえの半分は交換・返品が可能なメーカー品を置くことを決めた。そうすれば品ぞろえもバラエティーに富む。
SPAで仕入れた大量の商品をさばかなければならない。メーカーから仕入れ値を安価にするためにも、仕入れのロットを多くしたい。そのために橋本は当初から最低でも30店舗の出店は念頭にあった。だが――
「社員が育ちまへんのや。新しく雇った社員は、社内でトラブル起こしたり、クレームもかなりの件数あって……。来店されたお客さんに、『あの店あかんわ』と言われたら何人に広まります? 膨大な宣伝費をかけるより口コミの方が絶対に大切ですよ」
利益が出ている店でも、人材の教育が追いつかず店を閉めたこともある。
橋本はいったいどんな接客を理想としているのだろうか。
「お母さん、おばあちゃんに接するようにしなさいと社員に言っています。メガネは身体の一部やないですか。人それぞれ違います。まずお客さんがどんなメガネを望んでいるのか、きちんとヒアリングができること。次に検眼も含め、お客さんが本当にいいねって言ってくれるメガネを親身になって選ぶこと。お客さんが喜んでくれることが販売員にとって何よりも嬉しい。究極的にはボランティア精神ですよ。フィットするメガネをしたとき、世の中の見え方が変わる、人生が変わります。眼鏡の販売員は感動を与える仕事ですよ」
5.50店以上には広げない店を増やすことよりよりよくしたい
紳士服時代からの信頼できる社員が、眼鏡の小売りでも基盤を支えた。経営者と意見が合わなかった関西のメガネチェーンの従業員が20人ほど入社したことも大きい。特に熟練が必要なメガネのフィッテングは、キャリアを積んだ彼らが、他の販売員の指導員的な立場を担った。
「現在は45店舗ですが、50店舗ぐらいがちょうどいいのとちゃいますか」
関東に進出しない、店舗数も50以上増やさない、彼は経営者としての持論を展開する。
「昨年対比で100%以上を追いかけていくのは至難の業ですよ。10年経ったら立地条件も変わってきますから、リニューアルが必要になります。1店舗1000万円、5店舗で5000万円かかりますやん。5000万円売るのは大変ですよ。販売員の教育の問題もあるし、自分の目の届く許容範囲内で商売をしていく。僕は店を増やすことより、よりよくしていくことに力を使います」
メガネ本舗は一式3980円のメガネから、多くの国会議員や芸能人が愛用しているシャルマンのラインアートも4万9800円で扱っている。
「私は同業者とケンカしたくないんです。棲み分ければいい。安いメガネを何本も欲しいという人は、安売り専門のメガネチェーンを利用してください。学生さんはそんな高いメガネはいらない。軽いフレームをテレビ宣伝している同業者と、同じ素材を使ったメガネをうちでは3980円で提供しています。
みなさん所得が違いますやん。昔、スーツは年収300万円の人なら3万円のものという感じで、年収の1%ぐらいのスーツを購入すると言われてました。眼鏡も似ていて年収500万円の人は、3980円のメガネをあまり買いません。クルマと同じではないでしょうか? 消費者は身の丈に合った商品を選ばれます」
6.接客を通じてより良いメガネをより安く提供する
幅広いお客さんに、より良いメガネを安心して提供する、それがうちのモットーと、副社長の村田も言葉を足す。
「メガネの安売りの量販店はコンビニの品出しと一緒でしょう。うちの店舗では、接客で喜ばれたときに得られる社員の満足度や生きがいも、うちの店ならではのものがあると思っています。
他の店で買ったメガネでも、うちでは無料修理・調整が当たり前。お医者さんの処方箋を持参されるお客さんは多いのですが、店で検眼をすると合わない場合があります。そんなときはスタッフがお医者さんに連絡を取り、承諾を得てその人に合ったメガネを作ります」
メガネ本舗では1万円の商品券を1万円分として使える。社内にはディスカウントチケットを扱う事業部もあるので、チケットショップでその商品券を3%引きで販売する。
「百貨店まで行くのは面倒や。あそこなら商品券と同額の値段で使えて便利やでと、口コミが広がれば嬉しい。3%は広告費です」
最近では商品券と同様に、「金」の買い取り代金をメガネの購入代金として使えるサービスも取り入れている。
さて今後、メガネ本舗はどんな進化を遂げるのか、橋本はこんなイメージを抱いている。
「もっともっと、お客さんと家族のようなおつきあいをしたい。うちの息子を見たってください、おばあちゃんを見たってくださいと、大切な人と来られるお店にしたいですね」